
★当店のオリジナル高瀬飴です。★
当店が考案から開発まで手がけましたオリジナル商品です。
イチゴなども開発中です。
| くまもと玉名の特産でもあります高瀬町の高瀬飴です。 玉名市特産「高瀬飴」 (熊本県玉名市公式ホームページより) 昔ながらの手作りを守り、一つ一つに真心を込めて製造した商品です。 ◆おやつ・おつまみに ◆お産見舞いに ◆魚の煮付け・うなぎのタレ等に・・・ (砂糖の代わりに1〜2枚ご使用ください。より一層コクと風味が味わえます) |
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| ■高瀬飴の歴史 高瀬飴の歴史は古く、室町時代に中国との交易が盛んに行われた当時の中国の商人によって製法が伝えられたと言われています。 また、加藤清正が文禄の役(1592年)の体験に基づき、長期の保存食料として考案したともいいます。 江戸時代、玉名市中心部を流れる菊池川は、水運の大動脈となり、高瀬には菊池川流域の各地から米が集まり、藩のお蔵も建てられ高瀬の町は非常に繁栄しました。 そんな中、肥後細川の時代には一般には砂糖がなかなか手に入りにくく、糖分の供給源として当地の良質のもち米を原料とした飴づくりが奨励されました。 高瀬飴は、お産見舞いとしてよく利用されました。甘いものがない時代の貴重な糖分補給として喜ばれたそうです。 重箱を持って買いに来られる人もいらっしゃったそうです。また、30〜40年前からは千歳飴の代わりとしてもよく利用されたそうです。しかし、様々な甘いお菓子がふんだんに出回るようになり、昭和初期には約20軒程あった製造業者も今は3軒になってしまっています。 高瀬飴は年間を通して発売されていますが、製造の中心となる時期は、10月〜5月にかけてだそうです。以前は正月やお盆の時期が忙しかったようですが、夏場は飴がすぐ流れてしまうので固めに作らないといけないので製造も大変で、以前ほど多量に作ることはなくなったそうです。飴の原料はかつては米ばかりでしたが、第二次大戦後、米だけだと原料不足になるということで現在は麦芽水飴を使っています。 参考文献 : 地域発ふるさとの自然と文化 |
■高瀬飴への思い 私は、以前から【麦芽水飴】ではなく【もち米】を使った【高瀬飴】を作りたくて色々な方々にご相談をさせていただきました。 ただ、考えるのは簡単で実際は試行錯誤の繰り返しで約1年ほどの時間を費やしました。そして、出来上がったのがもち米を使った『高瀬飴』と『緑茶入り高瀬飴』です。 『緑茶入り高瀬飴』は熊本産のおいしい茶葉をそのまま使用して存在感を残し、抹茶で色と香りのバランスを調整しました。 現在は丸状のものしか製造しておりませんが、一口サイズですので噛まずにお食べくだされば自然にトロ〜ッと溶けていきます! 実際、製造コストや原材料は一般の物より高くはなってしまいましたが、満足できる仕上がりになりました。 この飴を全国の、また、熊本県の高瀬飴ファンにお届けできるよう販売いたしますので、是非ご賞味くださいませ。 ※ご注意※ 完全手づくりのため、在庫が無い場合がありますので、お急ぎの場合はお問合せされたほうがいいと思います。 |
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■製造行程 1.約40キロの水飴を大きなアルミ製の釜に入れて一時間以上しっかり加熱します。 2.ゆっくりと冷まし、さらに弱火で2〜3時間温めなおします。 3.水飴をのばして飴挽き機にかけると、飴の色はだんだん白くなっていきます。(写真1) 4.小麦粉を敷いた長さ3メートルの台に移します。 5.細長く白い飴を並べて細長い日本刀で長さ13センチ、幅3センチほどにきれいに切りそろえ、棒状や円形にすると出来上がり。(写真2) 6.仕上げはオブラートと紙に包みます。(写真3) これで一袋だいたい200〜300グラムです。 種類は棒状のもの(長飴)、円形のもの(丸飴)、一口サイズのもの(打切)、米糠をまぶしてあるものやショウガ・黒砂糖入りもあり、様々な味が味わえます。 ※製造行程上、つなぎに小麦粉を使用しています。 ※現在は棒状から「丸状」に変更になっております。 |
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| ↓写真3 |
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★当店のオリジナル高瀬飴です。★ 当店が考案から開発まで手がけましたオリジナル商品です。 当店オリジナル 九州産米飴(もち米)使用
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〒865-0025 熊本県玉名市高瀬140 柳屋茶舗 |
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